原作至上主義・研削私情終儀
最近は穂波殊さん(『またぞろ』読もう)みたいな紙のような自虐的薄ら笑いを浮かべることが増えました。なぜ?留年はしてないんですけど。まだ。
えーと、特に何もしていない、何も起こっていないのになぜこうして文字を連ねているのかといえば、一応何かをしようとはしたわけなんです。
Twitterを見れば一目瞭然なのですが、現在絶賛ウマ込みの中におりまして。その二次創作となる駄文を書きました。
…書こうとしました。書けそうと思って。
最序盤、導入で手が止まりました。
ここから本題という名目の言い訳を述べます。
こればかりはいつも通りの怠惰怠慢でそうなったわけではありません信じてくださいお願いします。
今回書こうとしたのはウマ娘のキャラクター、テイエムオペラオーさんを主軸に据えたお話。史実のお馬さんのネタも組み込めたらいいな〜とか思って書き出しました。導入まで。
肝心のキャラクターが登場して喋り出すところで思い至ります。
「自分には原作のキャラは書けない」
はい。当然ですね。驕りとも捉えられかねない。
ここでいう「原作」はウマ娘のほうです。
ウマ娘のテイエムオペラオーというキャラクターは快活で自信家。寛大で超ポジティブ。『世紀末覇王』という二つ名の通りの覇王然とした性格ですが、しかし自分を持ち上げながら、相手を貶すような発言は一切しないのです。覇王様〜〜〜〜
発言が常人の理解の範疇を超えているところも多々あり、勉強はからっきしなところも含めて何も考えてなさそうでアホっぽく見える愛らしさも人気な部分だと思います。
自分がウマ娘さいこ〜となってしまった要因のうち間違いなく一つはシナリオ、ストーリー部分です。
個々のキャラクターに史実をなぞった固有のシナリオがあり、それを通して育成していく。
やはりソシャゲ(ソーシャルゲームという呼称は実は多くのスマホゲームには当てはまらないらしいが)らしく同じシナリオの周回を求められる部分はあり、そのシナリオに力を入れているゆえにプレイに少々時間がかかってしまうのはマイナスになり得るのだが、今現在の自分はそこまで苦しいと感じない。
そう思えるのはやはりキャラクターに与えられる自然で綺麗な動き、レースやその他へかける情熱を上手く丁寧に落とし込んでいるシナリオのおかげでしょう。キャラクターの魅力が詰まっているからこそ「勝たせたい」というトレーナーとしての欲求は尽きることがないのです。
…このオタク、言い訳中でも語り出すのか(戻ります
結局何が言いたいか。長々語りましたが一言で。
原作が完璧すぎる。
オタクとして最高の大問題。
はっきり言って、自分が推しているウマ娘の話なんてシナリオだけでもう十分すぎるのです。練達した職人の懐石料理を供給されたらそれ以上を注文できようはずもない。舌が肥えてしまって自分の手料理では物足りなくなるのも当然でしょう。
書くのが難しく感じたのは他の要素もあります。その名から生じた設定だと思われますが、オペラオーさんは口癖のように名作(らしい。見識が狭いので全然わからない)オペラからの引用などを度々口に出すのです。わからん………
まっっったくしらない世界です。ちゃちゃっと調べて出せるほどの小ネタでもありませんでしょうこれに関しては、精通していないとどうにもならん気しかせず…
そして何より、あの独特な語り口調。
ポジティブで前向きで、この世の何もかもを我が強さ、美しさのもと許さんとす、自信に満ち溢れた明瞭さ。
なんというか、自分と真逆のキャラクターを好きになりがちなんでしょうか。
最近はよく、漫画家さんや作家さんてすごいな、を通り越して創作する人間て多重人格なの??とか思ったりします。色とりどりで選り取り見取り、多種多様な性格に趣味嗜好をもつキャラクターたちのセリフや行動をあんなに綺麗に違和感なく描けるのか。
尊敬通り越して畏怖です。
いくら妄想が趣味とあっても、頭が固く人生経験が乏しい自分には難しすぎる。 投了____
過去書いてなかった?と聞かれれば、あれはなんか、違うんだよな…と曖昧な返事しか返せません。
ちょっと前にもウマ娘の二次創作を書きました。それ自体は一応完成させて、pixivに投稿させて頂いてます。
でもあれは…オリジナルのウマ娘だったので。
自分の頭の中だけに住まうイマジンだけが元とあれば、いくらでも書けたのだと思います。それでも気分が乗らないやら筆が遅いやらで完成までかなり時間がかかったのですが……
予め人格と個性をもって確立されたキャラクターを自分の手で弄ろうと言っても、どこから触ったら良いものか……
速い話が、自分は間違いなく原作至上主義者なのだなと痛感しています。Twitterで日夜流れてくる二次創作絵などは毎度楽しんで見ているし、惚れ込むことだってよくあります。多々ある界隈の中には、ファン活動としてすごい行動力を発揮させている方もあり、一つのものにそこまで入れ込める人間性を尊敬することだってままあります。そのような根強いファンの人気・支持があって原作が続いているのは間違いなく事実だと思います。二次創作を見るのが苦手だとか、そんなことはない筈です。
しかし自分で創作しようとすると、どうしても要らない矛盾まで作ってしまう。
書いた二次、一次に反してないか?一次に沿ってなくないか?
選り好みはあるにしろ他人様が創ったものに対してそんなもの感じることはないんですが…自分でやると発症する、これはアレルギーのようなものです。
創造主でもないくせに高望みするなと言われれば確かにそう、ですが言われても摩擦してしまってダメです。おそらくこれは公式が最強であるが故の、それに添いたい模倣したいと思って起こる過剰反応なのです。こうまで思わせてくれる最高で崇高な神様に感謝(狂信
というわけで二次創作が書けなくなってしまったオタク。勝手にスランプ…というほど続けてたわけではないですが。一応言っておくと、人様の二次創作はいくらでも見れるのでいくらでも下さい。物乞い
二次が書けないのなら…どうするか。
一次しかない……ってコト!?
天啓たるネタを神から降り注がれても書けない言う人間が自ら想像しようなど愚かなり…
と、ここまで書いてておもった。がしかし、既に、それこそ1年以上前から書いてました。なんか。
世に出ていないのは未完だからです。というか全く完成は見えてません。するかもわかりません。1年前から書いてて??
これは間違えようのない惰性です。最初は繋ぎ方もオチも特に考えず気分だけで書いてたのが続いて連なって繋がりかけてきたので今言いました。
言ってしまうとやらなきゃな…という気になるかもとおもって言いました。言いましたが、これまでの人生やる気が湧いたのはその瞬間瞬間だけだった吹けば飛ぶハリボテ人間なので気と首を信濃川ぐらい長くして待ってください。ごちうさ展新潟開催うれしいね
大したもんじゃないし何に影響されたか1+1くらい分かりやすいと思うので待たなくても大丈夫です。訴えられると困るので期待は絶対しないでください。ここまでの文章やTwitterだけでも見てる方なら語彙力と表現力の無さは重々知ってくれているとおもうので。
全然終わりに繋げるネタも糸口も掴めていないままに言ってしまってなんですが、こんなの世に出す気は無かったです。今もない。書いた本人から見ても読みづらすぎて敵わん、面白くもない。
しかし自分にとって最大のネガ成分は『恥』です。
羞恥を隠すことに執着して終着するのは、それこそが本物の恥だと思ってしまったから。闘争心に火をつけるには逃走そのものから逃げなければならなかったのです。
はいそういうことで。聖母の両腕のように私の末端の『恥』をにこやかに見届けてください。公開されたらですが。公開されないかもしれませ
ちなみに今回のブログは2週間前ぐらいから着手したものです。こんな筆の遅さと気分の乗らなさの持ち主の言葉など怠惰の塊でしかないのでなんとか笑い飛ばしてください。
これで今回のお話は終わりです。見苦しい読み苦しいお話でしたね申し訳ありません。
これからがんばって擦って削って磨いて整えて、どうにか少しでもマシな御伽噺にでもできたらいいですね。
西尾維新『ネコソギラジカル(下)』に差し掛かったko_maでした。(そういうことです
それでは。今宵の迷いも、清い行いでありますように。